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2005年6月

2005/06/22

酸性雨が目に沁みる

梅雨なのに、こんなに雨が降らなくて大丈夫なの?と心配してたら、昨日の夜はガッツリ降った。
というわけで、久しぶりに雨に濡れつつ自転車ツーキニスト。

頭に、顔に、手に、体に、足に、雨が容赦ない。
目にももちろん雨が入り込み、視界を遮る。(道路が濡れて滑りやすくなるだけでなく、目が開けられないのが雨の日の自転車事故の原因の一つ)

と、目がだんだんとヒリヒリと痛くなってきた。
初めはゴミでも入ったのかと思ったけど、ゴミの痛みとは質が違う。

溶かすような、染み入るような、酸的な痛み。

多分、これが酸性雨ってもんなんだと思う。
工場や車やオフィスビルや家から吐き出された二酸化炭素や一酸化窒素や諸々をたっぷりと含んだ汚水が空から地上に舞い戻る。
それが森や畑や川や家や目に降り注ぎ、酸化させ、融解させ、痛みつける。

頭で分かってるつもりでも、直に体に身をもって感じると、切迫感が全然違う。

例えば学校で環境汚染の話をする時、思い切って生徒みんなで校庭に出て雨水を目に入れてみたらいい、そしたら、「これはとっても大変だ!何かしなくちゃ!」って思い出す子どもが一人でもでてくるのでは、なんてちょっと危ない想像をしてみたりして。


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2005/06/16

100万ドル・ベイベ

今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞(クリント・イーストウッド)、主演女優賞(ヒラリー・スワンク)、助演男優賞(モーガン・フリーマン)を取った「ミリオン・ダラー・ベイビー」を、昨日の仕事帰りに観に行った。

どうしても観たい!という積極的な理由ではなく、新聞販売店から無料招待券をもらったのなら行かないよりは行ったほうがいいだろう、という消極的な理由からだった。

老トレーナーと女ボクサー、そして片目を失ったかつてのファイター。

ただのボクシング映画となめちゃあきません。
あまりにも重たいテーマで、泣くことすらできませんでした。

ちょうど2、3日前に読み終わった『僕の中の壊れていない部分』(白石一文著)とあわせて、生きる意味を否応無しに考えさせられて、一人晩飯をほおばりながら、「人はなぜ生きる」「もし自分がフランキーの立場なら」「もしマギーの立場なら」「いや自分の人生は自分のもの」「自分とは何者」「人はなぜ生きる」とぐるぐる、、、

こういう映画って、「うつうつ期」に見てたらそれこそデフレスパイラルのごとくどんどん落ちていってしまう気がする。
重たいテーマだけに、受け止める方も心に余裕がないと、ただただ圧倒されるか、受け流して排泄するかのどちかになりそう。

「ビバリーヒルズ青春白書」に出ていたヒラリー・スワンクと、僕が高校生の時から好きだったモーガン・フリーマンの演技は、さすがです。

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2005/06/14

disconnected....

うちのバ☆ウサギ、失礼、大福ちゃんは、部屋中のあらゆるものを齧るおバ☆さん、失礼、元気一杯やんちゃ坊主。
壁やゴザはぼろぼろで、本棚の本もやられ放題、先日は携帯の充電バッテリーを噛み切ってくれて1週間も携帯の充電ができなかった。

この日曜に新たに発見されたのは、パソコンをネットにつなぐ線。
もう、何が起きても驚きません、無防備なまま大福に部屋を明渡しているのは覚悟の上です。

さて、家のネットがつながらないのは不便なわけで、早速近所のミドリ電化に「パソコンをネットにつなげる線」を買いにいきました。
電化製品を買うなんて、かれこれ2年ぶりくらいかな。

10メートルか15メートル、どちらにしようか悩んで15メートルを買って正解だった。
パソコンや物置を移動して古い線を取りはずし、新しい線をコネクトして、それで30分はかかった。

が、ネットにつながらない。

なぜ、、、

その日夕方から我が家で行われたTの誕生日にきた機械師匠Mによると、「モデム」用と「LAN」用では「線」が違うんだって。
みんな知ってた?
世の中、知らないことだらけだが、そのせいで1000円強のお金と、30分強の労働が水の泡。

もっと勉強しないとね。

Destiny's Childはなぜ突然解散したのか、Michel Jacksonはなぜ無罪なのか、訳のわからんことだらけ。


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2005/06/03

遅れ日記

5/28(土)
かめのすけの初介助に行ってきた。
ここ尼崎に住むようになってから、障害者って言われてる人たちとよく顔を合わせるようになり、今まで考えもしてこなかった障害者問題や福祉問題に少しづつ関心を持つようになってきていた。
でもどちらかというと、「障害者福祉」も「社会問題」の一部、つまり「政治」や「環境」のように、もちろん自分自身がその問題と大きく関わっていることは自覚しながらも、どこか観念的で本やテレビや人の話の世界でもあったりした。

が、この日はついに、顔が見え、肌が触れる「個人の問題」として障害者問題に関わり始めたのです!
フレッシュな気分~!&やっぱり不安な気分。。。で、新ルームメートKと本人さんの家にお邪魔する。

某女優兼歌手MTが心の恋人M君は、想像していた以上に「言葉」でのコミュニケーションが難しかった。
何を伝えようとしてるのか、表情や手の動きをじっと見ても、なかなか分からない。
Kが一緒にいなければ、カラオケに行ってお昼ご飯を買って家で食べて17時に隣りの一人暮らし部屋に行きたい、という希望をきっと把握できませんでした。

それにしても8時間、長いだろうな~と思ってたけど、楽しかった!
楽しくて、そして目が離せなくて、あっという間に時間が過ぎてた!

これよこれ、お金のためじゃなく、意味があること、相手に喜ばれ、こっちも喜ぶこと、問題点も理不尽さもふくめて、前に進むために考えなきゃいけないこと、生きること、そんなこといろいろ含めた仕事。
これから、自分なりに関わっていこうと思ったのでした。


5/29(日)
ついに尼崎市議会選挙が公示された日。
あと一週間で、決着がつく。
期待と不安で事務所詰め。一週間後の日曜の結果も知らず。


5/30(月)
気が重い仕事のパターンがある。
午前中に翻訳の発注が来て、「何時でもいいから今日中にお願い!」というもの。

一週間の始め、一番気分が悪い日に、一番気分の悪いそんな仕事が来た。
「ちょっと今日中は無理ですね、、、」という想像通りの返事で3人ほどに断られ、結局落ち着いたのは、前の週に大幅な納期遅れをまたまたやらかしてくれ、これから説教をしようと思っていた呑気な米国人翻訳者だけだった。

どんな仕事でも断らずに引き受けるのはいいんだけど、納期・品質になにかしらの問題を抱える彼。
プロフェッショナリズムについて、反面教師的にいろいろと(イライラしながら)考えさせられる。

結局0時過ぎにメールにて納品。
空しさと引き換えの残業代。


6/1(水)
前日に引き続き、ほぼ定時上がりだった。
そしてこの日は月に1度の映画の日。
どうしても見たい映画はなかったのだけど、映画の日に定時に帰れるという、楽天の勝率なみの奇遇にあたったことを考えると、無理やりにでも映画を見に行かなければと思うのだった。

そして観たのが「ニナイカライからの手紙」。沖縄は竹富島が舞台の日本映画です。
詳しくは申しませんが、泣かせる映画です。
言うまでもなく、僕はラスト30分は泣きっぱなしでした。

しかし映画館を出て、そのあまりにも泣かせるやり方に、ムカついてきて、しばらくはこういう系統の映画は見なくていいや、と思いました。
だって、現実だけで充分に感動で泣かせる出来事が満載ですもん。

ただ、蒼井優は、ほんとにいい女優さんです!間違いない!
彼女なしではなりたたない映画だと思うし、そういう女優さんの演技はすーっと入ってくる。


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