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2006年1月

2006/01/30

エネルゲン

この週末は、ついに初めて土日どちらも出勤をした。

以前ならすごく拒否反応を示したけどね、自分の時間がない!って思って。
でも考えてみたら、「働いてる時間」も「一人でいる時間」も「遊んでいる時間」も、そこには1秒のくるいもない平等な時間が流れているわけで、だったらやるべきことをポジティブな態度でやるかやらないかだけ。

あ、でも今の仕事が僕のホントにやるべきこととは思ってないから、だから仕事は辞めるだけど。
(とかいって、死ぬまで「ホントの何か」を求め続ける気がするわ、にんじんを鼻頭につられた馬のように。。。)

禅の言葉に、こんなのがあるんだって。

人生の達人と言われる人は、
仕事と遊びを区別しない。
体と心を分けて考えない。
教育か娯楽かこだわらない。
愛でも宗教でもかまわない。

会社と家とでは人間性が違っていた自分にグサリ。


東京オフィスの人に、「要注意人物」として恐れられてたクライアントから、やはり恐れていたとおり的外れな質問が大量にやってきた。
数分カチンときて、でも一息ついて、営業経由ではなく直接電話で説明をして、なるべく翻訳者への被害を抑えることができた、ような。
話してみたら、それほど話の通じない人でもなかったし。

ああでも明日、このクライアントの仕事は「2度と受けない」と言った翻訳者さん、あの質問見てどんな対応をするのだろう?(怒り心頭かな)
そして僕は、どんな対応をするのだろう。。。楽しみ♪

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2006/01/25

ヌケタ

2年ほど前に糸井重里・池谷裕二共著の『海馬/脳は疲れない』を読んでから、毎年のように「今年の目標は、壁を破ること!」と勢いづいていたが、結果はご存知の通り。

んでどうやら、この週末を過ごしてから壁がなくなっちゃったみたい。
ふわっと、楽な感じ。

ムカツク上司が、ムカツク見えなくなる。
仕事がいやいやではなく、楽しくなる。
レジに割り込んでくるオバハンも、かわいらしい。
人の立場になって、話が聞ける。
いいアイディアが、浮かんでくる。

あれだけ憎んでいた→申し訳なくおもっていた母親に対する15年のわだかまりが、消えた言えばうそになるけど、去りつつある。
今度金沢に会いに行って「ごめん」と言って、やっと普通の親子に戻れたら、自分のための人生を送ろう。
こんだけわがままで閉鎖的で個人主義的に生きてきて、実は自分のためじゃなく母のために生きてきた人生だったから。
「母を幸せにするため」じゃなくて、「不幸な自分を見せ付けて母をいつまでも苦しめるため」の人生。

それもう、終わり!

25年分くらいの宿便がすっぽんと出た、ってことでしょうか。

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2006/01/20

Bye for now, Bye for good

いや~、やっと仕事が片付いた。午前2時を目処にしてたから、午前1時前にとりあえず終えられること終えて、ホッと一息。
結局明日の仕事は人に振り分けた。

まるで明日の有給休暇を神様か誰かが知ってて、あえてその難関を高くするように、日に日に忙しくなってきて、一時は弱気になって「もうしゃーない」と諦めかけてた。

が。

明日からは、しばらく消えます。
あ、遠くには行かないし、夜は自分の部屋で寝てるから、消えるわけではないか。ご心配なく。
それじゃね、ばいばい。

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2006/01/17

karma的人生

東京タワー』(リリー・フランキー)、『空中庭園』(角田光代)と、偶然2冊連続である家族についての物語を読んだ。

寂れゆく炭鉱の町に生まれた「ボクとオカンと、時々オトン」な家族が、やがてオカンの最期を東京で迎えるまでの自伝。
オカンへの強烈なラブレターのような言葉に、果たして涙しない人などいないのでは?というくらい、涙がボロボロこぼれてたまらない。
もちろん、自分自身の想いを自然と重ね合わせて。


一方、「ダンチ」に住む家族のモットーは、秘密を持たないということ。
でももちろん、パパにもママにもマナにもコウにも、そして祖母にも、それぞれが鍵をかけて他人に閉め切った秘密を持っている。
グロテスクなようで、でも実はありきたりで人間的な日常。


僕自身が子どもの頃に家族に対して抱いていた感情、それは、
「家族」は「親の勝手な都合で割り当てられた居心地の悪い場所」
「家族」は「一刻も早く逃げ出したい場所」
「家族」は「決して頼ってはいけない他人同士」

特に、離婚して一人で僕ら3人兄弟を育てる決意を勝手に(と映った)した母親に対しては、「迷惑をかけずいい子にしておこう」という幼い子ども心が、「勝手に産んで勝手に育てて勝手に苦労をしょいやがって。だったらこっちも勝手に生きてやるから、絶対にこの人には頼るものか!」と思春期に劇的に転化した。

優しいお父さんといつも家にいてくれるお母さんと仲のいい兄弟と、週末には家族でドライブに行くような、そんな普通の家族を、子どもの僕は強烈に欲していたから。
裏切られた気がして。

一番近い他人である母親に対する態度-裏切られるくらいなら、絶対に他人などに頼るものか-という考えが、思春期など脳みそのシワをかき分けてもその片鱗を思い出せないほど時間が経った今でも、根深く未だに支配していたことに、気づかされた。

なんでも自分でやってしまおう。
なぜなら、自分の枠は自分がよく知ってるから、裏切られることはない。
自分でできないのなら、諦めよう。
いつか出来る日が来るかもしれないし。。。

ああそうだったと、突然気づいた。
いや今回も、気づかされた。
忘れている訳ではないけど、埃をかぶった過去に自分から息を吹きかけるのは億劫だっただけ。


断ち切って、克服しないと、くるくるくるくる同じところを回るだけ


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2006/01/13

業務連絡:携帯発見

ありました、四つ橋線岸里駅に!本町駅からは家から逆方向に5駅ほど。
会社帰りに取ってきます。
こんな遠回りな通勤になるのなら、夜眠くてさっさと寝ればいいのになかなか手が止まらない『空中庭園』by角田光代を持ってくればよかった。

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業務連絡:携帯紛失

珍しく地下鉄乗ったらこれだ!

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2006/01/12

again and again and again...

ここ数日、崖ップチ気分なことが続いていた。

あまり詳しくは書けないけど、

いつもいつも僕は、安全で自分のプライドを傷つけない逃げ道に逃げ込んで、来るかも分からない将来を担保に現在を適度に過ごしている。

そんなことに、顔さえよく知らない電話口の人に指摘された。
あまりにもその人の声がうるさすぎて、携帯から耳を3センチほど離して、上の空のような生返事を返しながら、きりりと気がつかされた。
耳が痛いとは、まさにこんな時であり、これまでにも確か、何度も耳の痛い話は聞いてきたはずなのに、喉もと過ぎればなんとやらで、うまくごまかしてきたんだろう。

でももう、それは辞めないと。

辞めると言えば翌火曜日に、ついに社長と一対一で話をする時間を持てた。
、、、一対一だと思ってたら、社長室のテレビ会議がONになっており、画面にはうちの社長と同じくらいやっかいな性格の持ち主の専務(社長の弟)が東京から、僕がなぜ会社を辞めたいのかを腕を組んで聞いていた。

社長は、やりたいようにやればいいと応援してくれた。
「あなたは、反帝国主義やねんなあ。それならそうと覚悟を決めて、またふらふらと同じようにどっかの会社に戻るようなマネはせんときや」と。

専務は、話をちゃんと聞いていなかったようで、
「会社を辞める前に、イスラエルとかパレスチナとか行ってあっちの世界をみてきたらいいねん。んで、この日本社会に改めて戻ってきて将来のことゆっくりと考えーや。まずは辞めた後の就職先を見つけてから、それからうちを辞めな、また同じこと繰り返すで」などと言いたいことを言い放った後で、いつのまにかテレビ会議の画面から消えていた。

どちらにしろ、会社を辞めるんだったら覚悟して辞めな、ってことで、それは重々承知しているつもりだが、改めて気持ちが引き締まる。


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2006/01/09

猪名川寄席

昨今の落語ブームに乗るってわけではないが、2ヶ月に1度開かれている「猪名川寄席」にやっと初めて行った。

会場は、川辺郡猪名川町でもなければ、近くを流れる猪名川の川辺でもなく、自転車でも10分ほどの福祉会館。座布団が部屋一面に敷かれ、前面には1.5メートルほどの赤い高座が設けられ、即席だけどそれで十分。観客は後から後からやってきて、100人くらいがぎゅうぎゅうに入ってそれはそれは大盛況だった。

「タイガー・アンド・ドラゴン」も1回しか見てないし、まして「笑点」なんて15年くらい見てないから、落語を初めから最後まで聞くこと自体、初めての体験だった。
そして、とっても面白かった!

一人の噺家が、ナレーションもするし、全ての登場人物に瞬間ごとに切り替わる。いくつかの小道具だけで、うどんを食ったりそろばんをはじいたり。拍子木をパンと叩くだけで、舞台は場所も時間も自由に移動する。
だから聞く方も受身だけでは居られず、噺家の繰り出す世界に次から次へと応えていき、想像力を働かせなければならない。

それがなんともいい刺激で、脳みそが活性化した気分。落語ブームが来ようと来まいと、おじいおばあが落語が好きだったことが、よく分かるわ。

古典って堅いってイメージあったけど、すっごくクリエイティブなんだ。


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2006/01/02

今年もよろしく!

2006年があけました。

今年の年越しは、Tに誘われ京都のクラブMETROで酔って踊って迎えた。
ここ最近の年越しは、

2001 最南端の島、波照間でTシャツのあたたかさ。旧暦がまだ残っていて、正月を祝う空気は流れていない。
2002 アフガニスタン入国直前、Tとペシャワールのゲストハウス。爆竹だか銃声だかが外で虚しく響く。
2003 一人で紅白見てたら、C家からありがたいお誘い受けて、C家で年越し。
2004 いつものメンバー+アルファで、家で鍋をつつきながらのんびりと。

ってな感じで、イベントらしいイベントに行ってなかったから、なんとも新鮮。
インド帰りのTさんのシタールが気持ちよすぎて、軽く宇宙に小旅行もできました♪

METROの後は、平安神宮で初詣。
願望:「心正しく精進すれば叶う、邪まな願いは必ず破られる故、心せよ」

今年はもっともっと、心の水を清く安らかに澄ませ、奥深くの底の底までしっかりと見つめよう。
そして邪念や欲望をとっぱらった、純な願いに耳をすませ、そして行動しよう

めでたくも年明けそうそう飲みすぎたおかげで、2年連続でC家と行ってた初日の出登山に今年は行けなかった。

夜は3年連続で、C家の超贅沢食事会&ダーツ大会。
1年の始まりをこんな素敵な人達と過ごせるなんて、ほんとうに幸せだ。
ありがとうございます。

今年はなんといっても、パラダイス30の仲間入り。
19歳が20歳になる時には、「ああ、もう子どもではいられないんだ、しっかり生きていかないと」という、なんとも神妙な気分だった気がするが、30歳ともなれば「これからがいよいよ人生のうまみの始まりだ、ぐはは」とポジティブに行くしなかいでしょ。

今年こそ、自分にも周りのみんなにも日本にも世界にも、穏やかな平和が訪れますように。

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