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2006年2月

2006/02/27

スパイラル

先週Sっこんから買ったお米30kgを、一粒たりとも腐らせることなくありがたく戴くために自分に課した「一日一自炊」は、一応続いております。
3日坊主にならなくてよかった~。

「飽きっぽい」というのが、僕の一つの悪い面であるとうすうす承知していて、なので3日坊主を脱したというのは、僕のいい面である「生真面目」が発揮され、しばらくは続く予感。

「3日坊主」といえば、ウェブで日記を書くという行為が意外と長く続いたもんだとふいと思い出し、2004年1月(当時はブログなどその存在すら知らず)というから、個人的には1年の無職状態に危機感を感じ就職活動に勤しみつつピースウォークに出かけたり、また当時のルームメートTとすったもんだを展開し、社会的にはイラク開戦1年だとか、日本人3人がイラクで誘拐されたりだとか、そんな時代から、一応今に繋がるまでそれなりに線ではなく点線なりに続けてきたな、とちょっとした感傷に浸ってしまった。

そして思う、全然かわってないじゃーん、って。
でもちょびっとは成長したかも、って。

この週末、2日連続でCと会っていろいろ喋った。
Cと喋ると、どれほど自分が自分をよく知らず、だから他人もよく見えてないかを思い知らせてくれる。

たくさんの人と出会ってきたが、知り合った日付を正確に覚えている出会いは多くない。
CとRに出会ったのは、2002年9月11日。

26歳が30歳になる時間が過ぎ。
そしてまわりながらくるくると、でも上へ上へ向かう途上、輪を広げながら。

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2006/02/20

オーラソーマ

シタール奏者のTさんブログで紹介されてたオーラソーマリーディングってやつを、早速やってみた。

Dさんから教えてもらった「セルフセラピーカード」に似て、単なる占いではなく自分のその時のインスピレーションで選択する、ってのがナイス。

んで、結構最近の心情が当たってるようでびっくり。(特に「過去と課題」と「今ここ」のボトル)
こりゃおもしれー!
皆さんもぜひやってみてちょ。


◆ 一本目 魂のボトル(あなたの本質を示します)

何事にも、最善を尽くすことのできる人です。人生を、精一杯の力で生き抜いていきます。ダイナミックなエネルギーに溢れ、ポジティブなパワーとして周囲に表現することができるでしょう。生きていく上で必要な物質的(金銭、性的)な問題をしっかり認識し、きわめて現実的に対処できる人。現実的な欲求が強く、それを手に入れる能力を授かっています。過酷な生存競争のなかでも生き残っていくパワーと智恵を備えているでしょう。

ボトルNo 005
ボトル名 サンライズ/サンセット
カラー イエロー/レッド

◆ 二本目 チャレンジ&ギフトのボトル(あなたの過去と乗り越えるべき課題を示します)

フラストレーションが溜まっています。怒りや不満を山ほど抱えた状態でしょう。何か、大きな物質的損失をした経験を引きずっているか、性的な問題を抱えていることが考えられます。心の底では、自分をわかってもらえないと思っているようです。愛を形あるもので欲してしまうため、得られない苦しみが多く伴ってしまいます。

ボトルNo 055
ボトル名 キリスト
カラー クリア/レッド

◆ 三本目 「今ここ」のボトル(現在の状態と気づきを示します)

真理への探究が始まります。これまで、自分のなかで条件付けを行ってしまっていた様々な制約から抜け出すべきときです。心で感じたことを、アートで表現していくと良いでしょう。詩、絵、音楽といった、クリエイティブな作業が悩みや迷いからの解放を促してくれるはずです。感覚的な試みが、心に宿る内なる声との対話を容易にさせます。ハートを開いたあなたに柔軟な感性が宿り、新たな方向性が見出せるようになるでしょう。

ボトルNo 009
ボトル名 クリスタル・ケイブ(クリスタルの洞窟)/ハート・ウィズイン・ザ・ハート(ハートの中のハート)
カラー ターコイズ/グリーン

◆ 四本目 未来のボトル(現在の状態からどう変わっていくか、未来の可能性を示します)

調和が取れています。心身ともにバランスが取れ、自分の人生をより良い方向へ導くことができます。また、人の心を理解し、それを踏まえながら実践的な解決法を指し示していくあなたは、周囲からの強い信頼を得るでしょう。調和と正義をバランスよく内面に共存させることができます。真実を語る勇気を持ち、正しいときに正しい場所にいます。高い理想を掲げ、それを建設的な方法で実現していくことできる、人生の成功者です。

ボトルNo 063
ボトル名 ジュワルクール&ヒラリオン
カラー エメラルドグリーン/ペールグリーン

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いい刺激

激しくうごめく周りの環境や、
浮き沈みの激しい感情に揺さぶられることなく、
また、他人を自分の都合のいい解釈にコントロールするのではなく、

自分で自分をコントロールし、
自分自身が自分自身の人生の源となる!

旅で感じる、あの情熱や自由さや感動やひらめきや開放感や冒険心を、
日々の生活に取り入れないのはもったいない!

***

いい刺激はどんどんと栄養として吸収していく。
ありがたいことに、いい刺激を与えてくれる人がたくさんまわりにいる。
まわりと言わず、ここからはちょっと離れた山あいの農村にも。

実際にやっているかっこいい人間に触れ、そしてそれなりの出費と重たいブツを抱え、
決心というと大袈裟でわりにあわないから、コミットメントというか自分への約束と言うか、

毎日一食は自炊をしよう、ってふと湧いてきた!
もちろん、パンやパスタではなく、日本人の主食のお米で!

奇跡的に早い夜は晩飯、それ以外は、遅く帰って来ても次の日のお弁当を。
「やらなければ」ではなく「やることを楽しむ」。

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2006/02/16

午前様x2

「忙しい」とぼやいている人間に限って、時間の使い方が下手だとはよく聞く。

んで僕は、よく「仕事が忙しい」とぼやいてる。

ああ確かに、時間の使い方は下手だと思いますさ。

同時に15件もの仕事を抱えても、上手くこなす人は忙しくないんでしょうよ。

それにしてもだね、2日連続で日付が超える時間まで残業ってのはどうよ?

他の人は定時そこそこに帰えるのに、「どうしてオイラだけこんなに仕事が集中するのさ?」と嘆いても、どうせもうすぐ辞める会社に対して今更変化は求めない。
あるがまま、受け止めて。

でもでも、どう考えても構造的な欠陥がある。

一部の人間だけが働いて働いて0時を超えて働いても、それでも利益が出ないという、会社という組織にとっては致命的な欠陥。

しかしこればかりは、実際に自分で組織を運営したことがない僕が何を言おうが、あんまし意味ないね。

若かりしころなんてさ、「社会の歯車にはなりたくねー!」とか粋がって、ジャパニーズサラリーマンなんてある意味哀れんでいたのに、まさか、まさか2日連続でカプセルホテルに泊まるほど仕事ばかりしてるなんて。

あーそうだ、週末に角田光代の古本を買ったというのに、まだ1ページも読んでないことをたった今思い出した!

「早くスローに生きたい」って、なんて矛盾。
「こんなくそ忙しい生活も、あと2ヶ月の辛抱」も、もったいない生き方。

現実と理想の間にぱっくり口を広げた溝の中で、もがいてます。
でも結構、それはそれで楽しみながら。
「もがいているのは苦しい」と思えば、苦しくなるし、
「もがいているのだって楽しい」と思えば、楽しい。


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2006/02/14

金沢に 行ってはみたものの 

この前の土曜日に、高校の修学旅行以来初めて石川県の金沢に行ってきた。
地方競馬の馬を育てている人と再婚した母が、旦那さんとともに宇都宮競馬場の廃止のため新しい職場となったのが、金沢競馬場だった。

金沢駅から競馬場へ向かう無料バスは、まさにこれから競馬をしに行くとしか見えないおっちゃん達が10人ほど、そして僕ひとり。
市街地を離れ、田んぼを抜け、まるで刑務所か入管施設のような辺鄙な場所にその競馬場はある。

競馬場で働いている人たちは、敷地内の団地や家に住んでいる。
その敷地内に入るためには、まさにあの入管のように、入口の警備員さんが人の出入りを監視していて、僕はそこで母を待つこととなる。
日本海に面しているようなのだが、それこそ刑務所のように高い壁がぐるりと囲み、低くて動きの早い雲もあいまって、寂れた地方競馬の寂れた情緒。

2年ぶりくらいの母は、あきらかに化粧を念入りにしている。
その化粧の下からも、より一層深くなった皺が隠しきれていないけど、母が会う度ごとに老けこけて見えることにはもう慣れた。

とにかく彼女はしゃべりつづける。
なにしろ、冬の間だけ名古屋競馬場に行ってしまった旦那との電話以外、人としゃべることがないそうだ。
この三十何年で初めて仕事をせずにゆっくりとしているのはいいのだが、買い物をするにも一週間に一度、遠く離れたスーパーにまとめ買いをせざるを得ないほど、競馬がないこの時期は家を出ることがないそうだ。

今までがむしゃらに猛疾走してきた人だから、立ち止まることに慣れてない。
「金沢は住む場所でない、寒いし天気予報は全然当てにならないし」


僕がそもそも金沢にやってきたのは、このぎくしゃくとした関係を清算するためだったのだが、やはりいつも通り仏頂面で無言でいることしかできない自分がもどかしく、情けなく。
15年もの間、突っぱねて、黙りこくって、反発して、理解できなくて、理解させようとしないで、悔しくて、あとは涙がぼろぼろぼろぼろと。
そんなのが急に変わるわけなく、でもそれは分かってたことでもあったり。

10年前から行方不明になってしまい、「弱くて逃げてばかりの人だった」父と、岩手の田舎から独立心強く横浜に出たまま、ほとんど岩手に帰らず実の母とは「死ぬ直前になってやってゆっくり話す時間が取れた」という母。
その人間の間に生まれたんだからそれはこんな子どもが生まれても仕方がないなんて、もう捨てたはずのバカげた気持ちがこの女性と話をすると想い出せれてしまい、すぐに断ち切る。


人間って、大きく変わる可能性を秘めている。
何歳になっても、どんな環境にいても、自分が変わりたいと思えば。
それは、すとんとすっきりと府に落ちて感じる。

でも、その変わる可能性をすべてそのまま生きれるほど、人間は強くない。
可能性を頭で知ることと、可能性を体と心で生きることは、まるで違う。
それは、ずきずきと痛く実感する。


今回唯一変わった点といえば、母の前で涙が流れなかった。
我慢はしなかったといえば嘘になるが、過剰に反応することが減った。

「無理をしないで、自分のために生きてね。お母さんは自分勝手だから、大典には何もしてあげられないけど、ね」
と言われるたびに、やはりぐっとくるものはあるのだが。
そんなに無理をして生きてるつもりはないんだけど、あの人の目にはやっぱり、思いっきり歯を食いしばってなにかを必死に掴もうとして血がにじんでいるように、見えるのか。


「遠くの親戚より近くの他人っていうしね。周りの人は大事にしなさいよ。お母さんもね、一人なんとか育てていけたのも、いろんな人に助けてもらったんだから」
そうだね、周りの人は、大事にします。


「私はなんとか幸せにやってるから、大典もね、自分のために幸せになって」
母から「幸せ」という単語を聞くようになったのは再婚してからのこの数年のことで、初めて聞いた時はなんとももどかしかったが、それも今では慣れてきた。
「僕は幸せにやってるから大丈夫」とは毎回返事をしてても、多分まだ、安心ではないようだ。
きっと幸せな人間の顔をしてないんだな、母の前では。
本当にへたくそだな。

少しずつだね、少しずつ。
氷を溶かすようにゆっくりと。


結局何のために金沢まで行ったのか、分からなくなりかけて、
いや、行くことだけで充分、
顔を見せるだけで充分、
と言い聞かせ、
意味そのものに意味があるのではなく、行動に意味があったのだと、
思ってみる。

僕は尼崎で幸せに生きてるんだよと、すーっと言葉はなくても通じるくらい、そんな風に生きていかないと。

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2006/02/07

ソロ・プレイ

今月末に「カレー部」の2月度活動を控え個人練習に勤しむ。
昨日の夜は、Y野屋系にしてはカレーが美味い「Sき家」にて温タマ豚あいがけカレー大盛。
今日の昼は、会社の向かいのいつものカレー屋で、本日のスペシャルwithビーフ&コロッケ。

今朝は、久しぶりに生々しい夢で目が覚めた。
生々しいエロ夢。
そういえば最近、エロイ夢自体見ていなかった。

なんなのだ。頭も体も心も、ハングリーでなんでもかんでも吸収しようとしている。
あの有名芸能人の舌みたく。

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2006/02/02

ことばの使い方

普段から仕事の合間合間にのぞき見ているmixiは、mixiがあったからこその素敵な出会いや、まだ出会ってはなくても素敵な繋がりを得た。

しかし、今日得た情報はメガトン級だった!

角田光代コミュの「角田さんによるワークショップのお知らせ」という掲示板が立ちあがり、

「ことばの使い方3 -小説1- 」というワークショップが東京ではなく京都で、4月の週末に2日連続で、角田光代さんご本人が講師で、ことばや自己表現に関するワークショップをする

とあるではないですか!!

あわわわわ、去年「情熱大陸」で初めて動く映像を見ただけであんなに興奮したのに、本人に直接会えて、しかもワークショップを2日連続でやるなんて、あわわわわ。

尊敬する作家の一人である宮内勝典氏が早稲田でオープンゼミをやると知り、夜行バスで東京に宿のあてもなく行ったのは、2001年の冬だったか。
あの頃はまだ、ピースウォークなるものを実際に歩いたこともなかった僕に、彼は言った。
「なにより大事なのは考えて考えて、血が滲むほど考えて、そして実際に行動に出ることだ」って。

そろそろ仕事を終えようかと思っていた時間に、東京オフィスから電話。
年末に大阪で酒を飲んだ、頼れるアネゴ先輩Tさんからだった。

どうも今朝のメールの調子がいつもと違っていた。
なにか、会社に対して諦めて、吹っ切れた跡がにじんでいた。
だから会社のメールにも関わらず(つまり誰かに読まれてもおかしくない)、かなり個人的な考えとかちょっとした励ましエールなどを返信していた。

そして夜の電話。営業さん2人が残業中で、あとは帰ってガランと静か。

シンクロですね。同感です。ホントそうですよ。気にしないで。それはTさんにとってもったいない。こんな話を聞いたんです。それなら、この本を読んでください。会社を辞めるにしろ、恋人と別れるにしろ、感謝の心。。。

基本的に電話はしない質なのだが、気づけば小1時間も話ていた。
笑ったり、声を潜めたり、沈黙したりして。

その間、ちょっと離れた営業デスクでは、きっと僕のそんな話を聞くでもなく聞いて、どう思ってたんだろう?
「辞めるやつはいいよな、ふっきれてて」なんて思ってるのかな?

Tさんも、今まさにちょうど、激しく波打つ会社の環境に振舞わされるのではなく、自分の真下に錨をしっかりと降ろして、なににも動じない心の安定を求めているんだろう。
いつもいつもいつもTさんには頼ってばっかりで、実際に頼りになるから、とても強くて芯のある穏やかな女性だとばかり思っていたけど、そんなことはない。

色んな面があって、この人=こんな人なんて、単純な等式はない。
だからこそ、苦手でむかつくあの人=あんな人、でもないから、きっと彼は彼なりに人をむかつかせるだけの側面ではなく、影ではあの人なりに悩んでるんだろうな。
なんて思ってみて、それもこれも自分で勝手に想像してることだから、そんなの一旦脇に置いておいて、さあ集中!

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