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2006年5月

2006/05/16

贅沢生活

仕事を辞めてからというもの、ゆっくりとした時間を過ごしております。

本を衝動的にバンバン買ってはバカスカ読んだりして。
この数日に買った本は、
『半農半Xという生き方 実践編』 塩見直紀
『田園・里山ハローワーク 希望のニート・フリーター』 現代農協・11月増刊
『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』 江国香織
『家庭菜園の楽しみ方』 山宮君夫
『自分自身への審問』 辺見庸

金曜には、辞めた会社の人達と大阪ドームでプロ野球観戦(オリックス対ヤクルト)。
清原の欠場でゆるゆるとした空気の中、試合そのものより「場」を楽しんだって感じ。
その後、大正の沖縄料理屋で飲んで酔って歌って終電過ぎて。。。

週末はるり渓のやぎ農園に行ってきた。
本当は田植えのお手伝いだったんだけど、残念ながら雨天中止。
いや実際には当日は雨は降っておらず、しかし自然相手だからこればかりは仕方がないですね。

田植えの替わりに、やぎの世話をした。
ずっとやぎばかり見ていたら、ある瞬間やぎがやぎに見えず、それぞれ個々に人生を生きている「実体」に見えてきて、情が移るというか自分との境が消えるというか、なんとも言葉に表し難いほのぼのとした気分になった。

翌日も朝遅くに起きて静かな静かな山あいの里山を散歩する。
田んぼには、ちらほらと田植えをする人の姿が見え、それ以外は人影はない。
郵便配達のバイクが遠くに見える。たまに軽トラックがゆっくりと追い越していく。

先月までは 憂鬱だった これがここの 月曜の朝

ちょっとだけ草刈の手伝いもする。
カエルやトカゲがヘビが出てくる。時間はゆっくりと流れる。

きっとたまに来るから余計、田舎はいいなぁと思ってしまう。
いやきっと、ほんとはこんな場所に住んでみたいな、と思っているんだ、心のどこかでは。
でも今は、やっぱりいろんな刺激がたくさんある、都会が僕の住む場所だ。
住む場所がある、やるべきことがある。 

収入激減でも、潤いのある生活。

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2006/05/05

第1歩

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これだけいい天気が続くゴールデンウィークというのも、あまり記憶がないが、
それは天気がいいだけではなく、気分も軽やかなのと必ずつながりはある。

朝7時に起き、なかなか起きない知的障がい者のM君をたたき起こし、
尼崎北部の田園地帯で農家を営むHさんの畑へ自転車で向かう。

しつこいようだけど、ここ田能地区は工業都市尼崎とはとうてい思えないほど
畑が(残っているのではなく)残されていて、もうそれだけで僕なんかこの場所に
来る度にうれしかったりする。
(M君は相変わらず眠そうだが)

ここの畑は10x50メートルくらいの広さだろうか、すでにきれいに畝が
出来あがっており、この地域に古くから伝わる里芋が植えられてあった。

というとこで僕らのこの日の仕事は、道具小屋作り。
「百姓は畑を耕すだけじゃない。なんでも自分らで作らないと百姓じゃない」とHさん。
この大工仕事も、農の暮らしに欠かせない立派な仕事なのだ。

Hさんの知り合いのおじさんたちと一汗かく。
一番若いM君にも自然と声がかかり、彼なりに、眠そうながら、
一応形だけでもお手伝い。
たったこれだけの共同作業でも、なんとなく「仲間」意識が芽生えてくる。
おじさんだろうと障がい者だろうと若造だろうと。
こうやって、かつては「村」、今風に言うなら「コミュニティ」ってのが
出来あがっていくんだろうと思うと、納屋の軒下でゴザを広げて
みんなで食べるご飯はまたひときわ美味しい。

翌日も、同じ畑で午前中をまるまる費やして水やりをする。
初めは原始的なバケツリレー。
後半はホースを改良してだいぶ楽にはなったが、強烈な太陽でやってもやっても
水が乾いてしまうようだ。
これからの季節、水問題が思いやられる。。。。が、やはりこのホッこりとした風景に
思わず笑いがこみ上げてしまう、楽しい作業ではあった。
(M君はこの日もバテバテのようだったけど)

これから先、育てる喜び、一緒に働く喜び、自然に触れる喜び、そして収穫の喜びが
待っていると思うと、うははと心踊るのだ。
(M君も、M君なりに喜びの一旦を感じてくれたら、願ってもなく嬉しいことだ)

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2006/05/01

「いつか」も「あの頃」も、「今この瞬間」

2年4ヶ月前から働いていた翻訳会社を、今日退社した。
なぜ辞めたのか、より、なぜこんなに続けたのか、という質問の方が
答えづらい働きっぷりだった。
疲れて疲れて身を粉にして消耗した。

それでも、終わってみれば淋しさもなくはない2年4ヶ月。

先週末には、お世話になった国内外の翻訳者さん30人ほどに挨拶メールを。
こんな時って、身に余るほどいいことばかり言われるから、
「僕はこの仕事に実は向いてたのか?」なんて勘違いしなくもない。

特に、フランス人とかウルグアイ人とか、ラテンの血の人達は言葉も
熱くてうれしくて、思わず泣きたくなる。

住所や電話番号を交換し、もしフランスに行く時はピエールのガイドで南仏だぜぃ。

今日は社員さん一人一人に別々の挨拶メールを送った。
それぞれの人に、その人だけの言葉が出てくる。
そして自分でもびっくりするほど、社員さんへの言葉は、自分自身への言葉だった。

いつかあの夢、実現して下さい。
でもその「いつか」って、勝手にやっては来ないんですよね、「今、この瞬間」しかないんですよね。

そうだよなー、「いつか」なんて言ってたら、いつまでたっても「いつか」は来ないよなー。

帰りの自転車で更に気がついた。
「あの頃はよかった」とか「この時こうしていたら」の、「あの頃」や「この時」も、そんなものもこの世界にはない。
ただ唯一あるのは、「あの頃」を懐かしみ「この時」を悔やむ、「今、この瞬間」なんだって。
だからそう、「今、この瞬間」を大事に大事に生き抜かないと。

それをあの人に伝え忘れた。
いや、きっとそんなこと知っているはず。
そうじゃなくて、あの頃の自分に、伝えたかった。。。あ、「あの頃の自分」なんていないか!

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