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2006年8月

2006/08/27

星野道夫写真展

人でごったがえす日曜の梅田に行って来ました。
大丸ミュージアムの写真展「星野道夫展~星のような物語~」を見にいくために。

想像通りのすごい人だかりで、星野ワールドに没頭するのがなかなか難しかったけど、それでも、やはり、ぐいぐいと引き寄せる力があった。
強いも弱いも残酷も脆いもすべてひっくるめて、「美しい」としか表現できない写真を前に、おさえがたく涙ぐみそうになることもあった。

今読んでいる井坂幸太郎の『週末のフール』の影響が否めない。
「あと8年で地球に小惑星が衝突し、人類は滅亡する」と発表されて5年後の、絶望の中にそれでも生きる人々を描いた小説。

人も、動物も、自然も、世界も、この地球さえも、全てはとどまることなく変化している。
アラスカの大自然の息を呑むような美しさも、その長い長い変化のほんの刹那の姿で、いつかは消えてなくなることをどこかで知っている。
だからこそ余計、「あー、ありがとう」と慈しみたくなるような、それとも、花火の一瞬だけ、一瞬だけだからこそ艶やかさに心奪われるような、そんな感慨を悠久なはずのアラスカの大自然にも感じたのでした。

写真と写真の合間にところどころ、星野さんの言葉が掲げられていた。
印象的だったうちの一つ。


オオカミの徘徊する世界がどこかに存在すると意識できること・・・・・

それは想像力という見えない豊かさをもたらし、

僕たちが誰なのか、今どこにいるのかを

教え続けてくれるような気がした。

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2006/08/22

ダンス白州から戻って

昨日、青春18きっぷを使って、山梨は白州から(途中名古屋で寄り道しながら)丸1日かけて帰って来た。
異質な1週間だった。
充実感に充ちた1週間だった。
生き生きと生きていた1週間だった。

「ダンス」という単語を聞いて一般的に想像するであろう「ダンス」は、この祭ではほとんど見られなかった。
起きていたのは、雑木林や竹林や木の下や水の上で、ダンサーらしき人が動き蠢き、
それを観客らしき人が見つめ、見つめ、見つめ、感じ、動き。

スタッフでありながら交代でいくつかの公演を見た。
「ダンス」も小説と似て、見るものは一方的に受身なのではなく、見たものから自分にしかない解釈で意味を想像していく、とても能動的な行動であることをはじめて知った。
にしても、僕が見たパフォーマンスはどれもこれも、言葉にして感想や意見を表現することがとても難しく、言葉にしたその瞬間に、全然別のものに変わってしまいそうで、僕はただただ、見ては息をつくだけしかできず。

スタッフとしては、会場の受付係。
これが意外と、とても楽しい仕事だった。
毎日お客さんと接しているから、だんだんと仲良くなってきて、それにつれてお客さんというよりは旅仲間に近い感覚で会話が楽しめるようになってくる。
いろんな人と丁寧に、かつ親しげに接することに楽しみを見出すなんて、意外な発見ではあった。

正直、しんどい部分もあった。
右も左もわからない初日に仕事に失敗して、怒られて、凹んだ夜。
電気がまったくない真っ暗な田んぼの畦道に一人ぽつんと、「こんなに素晴らしい自然に囲まれて、なぜこんな大変な仕事をしてるんだ?」と。
後半にはスタッフ同志の意見の衝突もあり、悶々とした。

でもその1件のおかげで、より「有機的に」(なぜか自分の中で、この言葉が頻繁に出てきた)動くことを意識した。
システムに埋没し、「無機的に」働くことにより、物事はスムーズに動くかもしれないが、本来の目的から逸れることにはならないか?常に意識していたい。日常生活の中においても。

受付のスタッフは、公演中にも仕事がある。途中から来る観客の対応や、車の誘導など。
結果、ほとんどのスタッフが公演を見ているなか、一人暗い道で赤い棒を持っていつ来るか知れない車を待ちぼうけすることもあった。
遠く森の中から、観客の拍手や歓声が響きわたるのを、たった一人で聞いていた。
でもなぜか、それほど淋しくも羨ましくもなかった。と言いきれば嘘になるが、実際にそれほど淋しくも羨ましくもなかった。
たとえ舞台から離れていても、自分もちゃんと参加してこの祭を作り上げているという感覚があった。

始めの頃はなんだか訳もわからず、「1週間もこんな毎日を過ごすなんて想像できん」と呆然としていたけど、日を追う毎にしんどさに3倍比例して楽しくなってきた。
最後は白州を去りがたい気持ちを振りきって山を降りた。

山を降りて、街に戻って来て、しかしまだ「ダンス」は続いているような。
音楽にあわせて踊るだけがダンスではなく、感じあうこと、言葉を超えて伝えあうこと、生きること、それさえダンスと呼ぶことを知ったから。

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2006/08/11

ナツヤスミ

明日から1週間、Aが去年行っていた「ダンス白州」にボランティアスタッフとして行ってきます~!

ダンス白州とは? ~HPより

芸能と工作・大地との生存─舞踊・芝居・音・美術・物語・建築・映像・農業

孤独は山になく、街にある。──三木 清

[期間] 2006年8月1日(火)〜20日(日) 
[場所] 山梨県北杜市白州町(ほくとしはくしゅうちょう)横手・大坊地区ほか

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2006/08/09

甲子園で八重山熱狂

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てれれでの仕事が終わってすぐ、阪神尼崎駅にちゃりんこ走らせ、向かうは甲子園球場。
(実は恥ずかしながら、生まれて初めて甲子園の中に入りました)

高校野球には基本的に興味はなくこの10年近く過ごしてきたけど、せっかく尼崎に住んでるんだし、外野席はタダと聞いていたから、沖縄代表の八重山商工(石垣島にある日本最南端・最西端の高校)を一人で応援しに行ったのです。

しかしなにしろ生まれて初めての甲子園で勝手がわからず、気がつくと無料の外野席ではなく500円の八重山3塁側アルプス席のチケット売り場の長蛇の列に並んでいた。。。
が、この勘違いが大収穫だった!

指笛、手踊り、大歓声、そして沖縄系の濃い顔顔顔の応援団。
きっと、石垣島から大挙してやってきた島人、関西に住むうちなんちゅ、そして沖縄好きのやまとんちゅのちゃんぷるーで、アルプス席は売りきれ。ちょっとした琉球フェスのあのノリ。
さらに偶然にも、沖縄三線クラブのSさ忠さんグループとフェンス越しに隣りの席に座ったり。

試合は、前半まで押されていた八重山商工が、後半においつき、8回裏に突き放され、9回表に2アウトまで追いこまれつつまた追いつき、10回表に執念の逆転という、あまりにもドラマチックな展開。
そのドラマにつられて、異様な盛り上りと熱気と一体感で、超ハイテンションになった!

それにしても、感動は体験してみないとわからないもんだ。
いくらKが「詩のボクシングは面白い」と言っても、実際に参加してみなければ実体験として心に烙印を押さなかったし、甲子園の応援ってのもAから話を聞いてた時は「そうなのかな」と半信半疑だったわけで。

あー、それにしても楽しかった!八重山商工の選手の皆さん、感動をありがとう!日曜の2回戦も、たくさん応援にかけつけるだろうからちばりよー!
僕はそのころは、別の感動を求め、山梨は白州におりますが。

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2006/08/02

夏ばてってる

会社を辞めてからというもの、おそらくカナダ帰国直後以来の8年ぶりに新聞を取るのをやめ、しかも子どものころのテレビッ子がどうして?というくらいテレビを見ないから、
いつどの段階で今年のあのヘンな梅雨が空けてたのか知らなかった。

んで、毎日毎日ここ尼崎は暑くて暑くて、8月入ったばかりだというのに早くも夏ばて気分。

「気分」というのは、本当に夏ばてをしているのか、それともここ数日の睡眠不足の影響か、あるいはただたんに疲れているだけなのか、よく分からない。

そんなこんなだからか、今日はこんな夢をみた。
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僕は母親と住んでいる。
母親と住んでいた当時の年齢ではなく、多分、今の年齢。
母親が勝手に僕の歯ブラシを買い換えてしまい、僕は相当に腹を立てる。
「なんで勝手なことするんだよ!」といって、わめきちらし、そこらへんの物に八つ当たり。
怒り狂って八つ当たりしながらも、心の半分で「たかが歯ブラシでなにを騒いでいるんだ」と自分にさめざめしている。
そして思いいたる。「そういえば、一緒に住んでるのに家賃を払っていないなぁ、申し訳ないなぁ」と。
*********

荒波の余波の船酔いに似た、夏ばて中の、いやな夢。


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