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2006年11月

2006/11/26

里芋収穫祭、雨の

夏の農作業以来の、脅威の、否、驚異の朝5時半起きをMの電話でなんとか達成し、尼崎市最北東部にある猪名川公園での里芋収穫祭の準備手伝いをした。

天気はその頃からすでにあやしく、たまに実際に冷たい雨など降りつつ、テントを次から次へと設営していく。

「うげぇ、しんどいー、眠たいー」という気持ちと、「皆様と共にハキハキ働きますよッ」という気持ちが、微妙なバランスで同居してた。

朝9時から式は始まり、先週当選した白井文市長もちらっと来ていた。
「おめでとうございます」と一言声をかけたかったけど、時間がなくてできず。こんなに身近に感じる市長なんて、なかなかいないよな~。

天気予報に反して、雨は降りそうで降らず、お客さんは去年ほどではないけどそれでもなかなかたくさん来られ、手作り味噌がばんばん売れていく。

半年一緒に農作業をさせていただいたおじさま集団は、早くもワンカップ大関でほろ酔い気味で、そのせいかもしれないが今までで一番親しく話しをしたような。
「半年間お疲れ様、無事収穫を迎えられてよかったね」、っていう気持ち込みで親しみを感じさせてくださったのかもしれないが。

祭も終盤になると、人は少なくなるし雨は降り出すしで、いよいよ朝5時半起きの奇行が祟ってきたよう。
体が体温を帯びて重くなる。
でもとりあえず、雨が本降りになる中、10張りほどのテントをすべて撤収するところまでは手伝うと決める。
テントを中学校に戻す作業は、申し訳ないが抜けさせてもらう。

家に戻り、布団の中で本を読んでいたら、うとうとうとうと。
夕方に寝るなんて、とても久しぶりだった。
重力にまかせてぬくぬくとしていたから、疲れがずーーーーーーっしりと布団に沁みこんでいったようで、幾分楽になった。

明日、筋肉痛がきませんように、きませんように。
ましてや明後日に筋肉痛がくるような、醜態さらしませんように、さらしませんように。


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Never Let Me Go

からだのふしぶしがキシキシいってる。

今年の5月から育てていた里芋の収穫、おとといの「勤労感謝の日」に引き続き、腰を曲げ土を掘り返しボーリングの玉のような里芋の株を掘り出し、正月用に再び土の下に保存しておく。

2メートルを越す里芋の茎がジャングルみたいに茂っていた晩夏も、寒い11月の終わりの今は、だだっぴろい土に戻り、代わりに芋芋芋。
うれしくもあり、大袈裟に言えば、人生の儚さ。

収穫後、ボスと喫茶店でコーヒーを啜りながらいろいろしゃべった。
いや正しくは、ボスの愚痴やら思いやらを、「うんうん」「なるほど」と聞き手一方。
昔ほどではないけど、自分のあまりの口下手ぶりに、もどかしくて申し訳なくもある。言葉が咽喉もとにさえ出てこない。頭が空っぽなだけなのかしら、とか。

ボスと別れ、駅中ビルに新しく出来たブックファーストで立ち読み。
立ち読みが趣味ですから。

姜尚中の『愛国の作法』は、先日の序章に続き、今日は第1章。このまま立ち読みで最終章まで行っちゃおうか。いや買った方がいいに決まってるが。
もう1冊は、大森望と豊崎由美の『文学賞メッタ斬り!』。これが一度読み出したら止まらないほど面白くて、これこそ立ち読みではなく買ってもいいのかもと思った。Aも好きそうだし。やはり伊藤たかみは相当メッタ斬りされていた。

立ち読み疲れて、家帰って簡単な夕食済ませて、見たくもない世界バレーにチャンネルをあわせたところで体が重く動かなくなり仕方なくカナダを応援し、Aが帰って来たことろでヘヴィなNHK教育番組を見て、シャワーを浴び、やっとカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読もうと思いつつ、やはり体が重く頭も重く、エロサイトでも見ようかとweb browsingしてたら、なんだかブログを更新したくなって。

明日は5時起きで、里芋収穫祭だというのに。
あ、でも、『わたしを離さないで』は寝る前に今晩も少しでもいいから読み進めたい。
久しぶりの翻訳モノで、新鮮。そして、心がざわつく。

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2006/11/19

ほっこり奈良、しっとり長田、そしてうれしい尼崎

金曜の夜、ヘルパー講座のレクリエーション演習で子どもみたいに笑って遊んで汗かいたその足で、奈良へ向かう。
三線仲間のO尚&Yちゃん夫婦の家に、遅れ馳せながら初お泊まりさせていただきました♪

歓迎の時から異常にハイテンションなO尚は、酒を飲んでますます面白い。どれだけ面白かったか、言葉で表現できないから言葉はもどかしい。

たしか2002年、三線クラブの人達と大阪城公園の夜の宴会にひとり初対面で飛び入り参加した時の写真から、クレオ西の和室での練習風景、わしまーるのデビュー公演、30人くらいで行った摂津峡キャンプ、イベントでの演奏、沖縄料理店での打ち上げ飲み会、BBQに海釣りに、、、クラブ活動みたいに楽しかった三線ライフの当初1、2年の頃に撮られた写真たちののアルバムを見た。(今は今でもちろん楽しいよん)
髪の毛がうっとうしいほど長い自分の姿に辟易しながら、アルバムから顔を上げると、そこにまた同じメンバーが鍋をつついて酒を飲んでる、この至福。

翌日は昼の12時に起き、暖かいこたつでご飯食べたりお茶を飲んだりお約束のみかんを食べたりして、まったりとした時間を過ごす。それは、寸分たがわず正月気分だった。


今日は雨の中、新長田駅前で「一七市」に参加。
寒い雨で、いつ中止かいつ中止かと気をもんでいる間に終了した。
こんな雨の天気なのに、駅前だからだろうか、それとも震災以来続く行事だからだろうか、想像していた以上にお客さんがたくさん来ていた。

雨で気をもんでいたのは、なにも寒いなかバザーに出店しているのが大変だったというだけではない。
今日は、尼崎市長選の投票日だったのだ。
自分が住む街の市長。たかが市長かもしれない。されど、市長は市長。ヘンな方向に進みそうな市長より、じっくりと市民と対話をする市長を選びたい。

僕が応援していた現職の市長は、対抗候補の(国政と同じ)与党の強力組織票のせいで危ない危ない、とかなり危機感を煽られていたが、ふたを開けてみたらダブルスコアの圧勝!
この天気にも関わらず投票率は7%もアップし(39.87%)、「例の組織票強し」と半分あきらめ気分だっただけに、余計の驚き&喜び&安心。

ま、街を作るのは市長だけではなく市民もなわけだから、安心してちゃいけないんだろう。
でも、相変わらず厳しい財政は続くけど、いい方向へ一歩進んだ気がする。

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2006/11/11

So open your eyes, nurses - open and see,,,

今日も朝からみっちりヘルパー2級講座。
もう何度も出てきた「バイスティックの7原則」は、ヘルパーが介護利用者と接する時の基本原則とされている。

(1)個別化の原則 - 利用者・家族をかけがいのない個人として尊重すること。
(2)意図的な感情表現の原則 - 利用者・家族の感情表現を大切にすること。
(3)自覚的な情緒的かかわりの原則 - 援助者が自分の感情を自覚しながらかかわること。
(4)受容の原則 - 利用者・家族の姿や気持ちをあるがままに受けとめること。
(5)非審判的態度の原則 - 援助者の価値観で利用者・家族を非難しないこと。
(6)自己決定の原則 - 利用者・家族の自己決定をうながし尊重すること。
(7)秘密保持の原則 - 利用者・家族の秘密を保持して信頼関係を熟成すること。

さらに今日の介護は、「自立支援」、つまり自分の生活はできる限り自分自身でやれるようにして、ヘルパーはその支援をしましょう、という大原則に立っている。

「利用者の自己決定を尊重し、非難せずありのまま受け入れましょう。そして利用者が自立できる手助けをしましょう」

この原則は、よーく分かる。
理念として、すーっと頭に入ってくる。

しかし、現実に即して考えると、うーんとうなってしまう。

日々の現実は、ひとりひとり、全く違う価値観を持つ人間と人間のぶつかり合いだ。
食事のこと、健康のこと、お金のこと、仕事のこと、恋愛のこと、趣味、宗教、価値観、政治理念。
自分がいつも正しいとは思っていないつもりでも、「んなアホな」「もっとこうしたらいいのに」「それはやるべきではない」と、ついつい思ってしまう。

YESかNOか、0か100か、正か悪か、ではなく、たくさんの中間の選択肢を提示できる余裕を持たないと、と改めて肝に命じた。
受動的ではなく、常に考える人でもありたい。

でもいつでもすぐに完璧にはできないんだよね~。考え過ぎても、よくないし。ああ難し。

去年Cちゃんが教えてくれた、とあるイギリスの老人の詩が今年も配られた。
老人病院で亡くなった老婦人の遺品から出てきた詩だという。
考える人であり、感じる人でありたい。
重ね重ね、100%は無理だけど。

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2006/11/06

夢を与える

そういえば、3連休だったんだ。

いろいろあった。

映画を見た。「チーズとうじ虫」という映画を十三で見た。死にゆく母を看取る子と、死に行く娘を見守る老婆の、白くて淡々としたドキュメンタリー映画で、見なければよかったと思いながら、でもいつか見るかもしれない似た現実を、予行演習のように映画で見ておくのはよかった。
里芋畑の鍬入れ式では、たった半年のことなのに、しんどい朝や悔しい思いや諸々がまさに走馬灯のように巡って、うるっときた。「僕はできない人間だ。ダメダメダメな人間だ。」とまた愚かに思ったりもした。
人権祭りってどの部分が「人権」の祭だったんだろう。またもやカレーを売りまくった記憶に今となっては占領されて。ああでも、今日もいろんな人達が集まっていたな。いろんな人達がわさーっと集まって、祭をするってことが、人権を考えるきっかけになる。ってことだったのかな。それにしても手作り味噌が売れてよかった。
今年2度目のミュージカルを見に、JR宝塚駅からバウホールまで全力疾走をしたが、疾走なんて久しぶりのことで夜なのに11月なのに汗がひかない。ミュージカルは、スピリチュアルなメッセージがたんと濃いもので、もちろん毛嫌いする類いではなかったが、お腹いっぱいになった。

帰って、22時半頃から、結局はAが買った「文藝 2006年冬号」から、最初のお目当てである綿矢りさの新作「夢を与える」の残り60ページほどを一気に読む。1時半を過ぎて、この不可思議な小説は最後のページを締めくくる。なにこの胸のしこりは。前世の人間が解決できなかった課題を負わされて、結局前世の人間と同じように解決できずに成仏できない輪廻転生を思い起こしたりする。人を惹きつける輝く星は自分自身の身を焦がし焼き尽くす定めなのか。

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