« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

2007/01/28

土に水をやりましょう

この週末は、脳が3歳くらい若返ったり、AHA体験したり。

辞書をひきひき先生の話を聞き、知らなかった言葉に輪郭が与えられ、ただの文字の羅列がいっぱしの文章として意味を帯びてくる快感を味わったのは、スペイン語サークル「はぽにょーる」でのこと。
記憶の引き出しの奥のほうにしまわれたスペイン語ならではの、「なぜ再帰動詞なの」「rrの発音、どうにかして」という悶絶込みの、「そういう意味か!」「このlaはそれのことね」という快感は、純粋に、スペイン語を改めて勉強したい、という気にさせた。
いや正直なところ、映画のセリフなど1割だって理解できずに眉間にしわを寄せて耳は徒労しただけだったが。

今日は、年末に無事成功した「地球のステージ」新年会兼打ち上げ兼自ビール(地ビールではなく)堪能大会に参加すべく、HAT神戸内のオリーブ・スペースに行ってきた。
広々として、木のぬくもりが温かくて、新しいなにかが発信されそうな予感に満ち満ちているこのお店が、残念なことに来月3日をもって閉まってしまうという残念な話。しかしその3日には、全国の路上詩人が集まり(てんつくまんも!?)その詩を観客がジャッジしてトーナメントをするイベントで締めるという!僕は行くので、一緒に誰か参加しませんか?

自ビールは、何杯飲んでも口当たりがまろやかなので、昨日のはぽにょーるお食事会で散々っぱら、久しぶりに飲み過ぎた反省もあえなく、何杯も何杯もいただく。

そして、さすが地ステの集まり、いろんな人が集まり、何かが起こる。占いをする人が来たって、全然驚くことはない。
長い長い順番待ち、一旦新年会はお開きとなり、会場を片付けて、隣のカフェスペースのテーブルに移動して、やっと僕の順番。

4種類のカードから、ぴんときたやつを選ぶ。
「今、何がしたいですか?」と始まる。
「今?今っていつ?今何がしたいといわれると。。。」と。そして、
「今、表現したいんです。小説を書きたいんです。」とこの口が言った。え?なぜそれが出てくるの?その質問でいいの?もっと聞くべきことあるんじゃないの?

占ってくれた人、Tさんは、僕のその突飛な答えと、出てきた3枚のカードを見て、なんと畑の話を持ち出した。
今は、種を蒔いている。いつかは、実りが収穫できる。でも今は、何をどう表現すべきか迷っていると。

こうもいう。
間引きをしなさい。つまり、収穫をするためには何かを選び、何かを捨てること。
畝を作りなさい。野菜に適した畑の形、つまりスタイル、文体を、作りなさい。
いろんな種を蒔いたから、どんな作物ができるかわからない。すぐにも芽が出る二十日大根かもしれないし、7年後に収穫できる野菜かもしれない。

今は、声をかけ愛情をかけ、水をやれ。

(他にもっとやらなければいけないことあるんだけどね)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/01/22

アンティグアと辺野古を結ぶもの

ところで、昨日のブログ(ひとり日和)のアクセス数が桁違いで驚いている。少々怖いくらいだ。
なにしろ「桁違い」というのは抽象的な表現ではなく、具体的に、桁が、違うのだ。
理由は明快で、昨日のブログには「山田孝之」とか「小西真奈美」とか「ギルバート・グレイプ」とかいった単語がたくさん入ってて、そういう有名な単語を検索したら、この無名のブログにとんでしまった人がたくさんいるようなのだ。
よりによって、3144文字というから、400字詰め原稿用紙8枚分程度のこれまでで最大規模の、しかも大して内容のない日記だったから、果たしてこの100近いアクセス(訪問者はもっと少ない)のうち一体何人が最初から最後まで読んだろうか?
まあ僕の場合は、不特定多数の顔の見えない誰かに向けて書いているというより、僕のことを知っている人に向けて書いている部分があるので、アクセス数は問題ではないんだけど、顔の見えない数字が突然高騰すると、ちょっとびびる。

今日の本題。

友達からメールが来た。
9年前にグアテマラで知り合ったAさん。大阪の人なので、帰国後も毎年のように会っているんだけど、去年の初めに家にお邪魔して以来メールをしていなかった。
いや実は、なぜか彼女に限っては不思議なことに、携帯電話もメールアドレスも登録していなかったものだから、こちらから連絡を取ろうにもできずそろそろ焦っていたころだった。

んで、今日来たメールは、久しぶりなのに近況報告も新年の挨拶も最低限にすっとばし、熱い思いで溢れかえってしまっている。
どうやら、昨日行ったソウル・フラワー・モノノケサミット(ソウル・フラワー・ユニオンって名前なら知ってたけど)というバンドが出ていたライブイベントが彼女のハートに火をつけたらしい。
そのイベントは、来月辺野古で開催されるPeace Music Festa! 辺野古 '07のプレイベントで、そこで辺野古で基地建設反対活動をしている平良夏芽さんの話を聞き、沖縄の現状や反対運動のことをひとりでも多くのひとに関心を持ってもらうこと、それが今のわたしにできること!となって、そのことを伝えるために、メールをくれたらしい。

うれしいような、なつかしいような、もっとじぶんにもできることがあるような、そんなきもちにさせることばだった。
どんな微力に思える行動でも、ハチドリのごとく自分のできることをするってこと。

そういえば、今週末は地球のステージの打ち上げで知り合った縁で、グアテマラ人が先生のスペイン語サークルに参加することになっている。スペイン語の勉強をするなんて、本当に久しぶりなので新鮮な気分なのだが、その直前にAさんからメールがくるなんて、つくづく縁を感じるものだ。

Aさんは、中学時代の同級生が僕の大学時代の友達だったり、ホンジュラスで旅を分かれた後、2ヶ国とんでコスタリカのホテルで遭遇したり、梅田の紀伊国屋やはたまた地下街でばったり遭遇したり、まあそんな縁なので。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/01/21

ひとり日和

昨日買って来た新しいひとり座り用ソファはなかなか座り心地よく、新しいノートパソコンを使う時や本を読むのにちょうどいい。
久しぶりに何も予定がない土曜日だった今日。いや正確にいうとひとつだけ予定というほどでもないがアポがあり、それはつい最近まで使っていた古いパソコンやもう何年も使用していなかったテレビにプリンター2台を、廃品回収業者に引き取ってもらうために、家で待っていなければならなかった。
そういうわけで、昨日買ったこの円形ソファの座り心地のよさも手伝い、昼前に起きた後はとりあえずパソコンでネットサーフィンをして時間を潰すこととして、久しぶりに目についたのが、ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオ主演の1993年のアメリカ映画『ギルバート・グレイプ』だった。Yahooの無料動画配信なのだ。つまり無料なのだ。たったさきほど廃品回収業者に引き取られていった古い98では決して得ることのできなかった恩恵を、今まさに授かろうというところだ。
『ギルバート・グレイプ』は、1993年公開といえば僕はその当時はまだ高校生だったので、おそらく大学生になった後で、映画館ではなくバイトの家庭教師先の近くのTSUTAYAでレンタルして観たのだろう。あの頃は、なにしろアメリカ文化が大好きで、アメリカの地図を眺めては空想に浸り、大リーグに挑戦した野茂の熱烈なファンとなり、そして観る映画といえば当然ハリウッド製で間違いなかった。たいした映画ファンではなかったからさして自慢するほど多くの映画は観ていなかったけど、『ギルバート・グレイプ』は強く印象に残っている。何をしてこの作品が他より突出していたかというと、当時はまだほとんど無名に近かった若き俳優、レオナルド・ディカプリオのずば抜けた演技だった。彼の役どころは、ジョニー・デップ演じるギルバート・グレイプの弟・アーニーという18歳になろうとする知的障害のある少年だ。言葉の抑揚、視線の動き、口元も体全体の動きも、まるでディカプリオ彼自身に知的障害があるかのようにしか見えず、果たしてこれは演技なのか、それともこの無名の俳優が実は障害者なのかと勘ぐったほどだ。この演技で、彼は10代にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされたそうだが、確かに納得する。逆に、あの『タイタニック』で世界的に大ブレークしてしまい、しかもあの演技なので、彼の俳優キャリアにとってなんだが汚点のようにさえ思えてくる。
10年ぶりくらいに、図らずも再び(しかも無料で)観ることになったこの映画は、今観てももちろんディカプリオの演技力には恐れいるのだが、それ以上に新鮮な感動を土曜の昼間から与えてくれるものだから、無料のネット配信もなかなかやるものだ。初めて観た時はディカプリオの演技以外何を観ていたのだ?と当時の自分に諭してあげたいくらい、ストーリーには奥行きがあり、抗えない時代の流れがあり、恋愛の甘悲しいテイストもばっちりと利いていた。あのエンディングのことも、すっかりと忘れていて、2度目とはいえ心底楽しめるものだった。久しぶりに正統なハリウッド映画を鑑賞した、というかもっと正しくいえば、最近観た映画といえば『六ヶ所村ラプソディ』だとか『太陽』だとか『母たちの村』だとかの硬派系ばかりで、エンターテイメント映画というものから長らく遠ざかっていたものだ。しかもここ1年ほどは、何も起こらないようで何かが確かにある日常をさらさらと描くような小説ばかりを好んで読んでいたから(『わたしを離さないで』は例外だった)、エンターテイメント映画という表現方法が孕むストーリーの機転だとかキャラクター設定だとか会話の多さが、この久しぶり感をさらに増幅させた。
たっぷりと2時間も無料の映画(そういえば、金曜ロードショーとかでテレビでも無料で映画は観れるか)を楽しんだ後は、さらにこの円形ソファがしっくりとくるので引き続き、昨日から読み出した藤野千夜の『夏の約束』に収録されている「主婦と交番」の残りのページに取り掛かる。「何も起こらないようで何かが確かにある日常をさらさらと描くような小説」のひとつだ。「夏の約束」は、2000年の芥川賞受賞作品で、僕は当時はそれほど小説を読むほうではなかったから芥川賞など今ほど興味は持っていなかったけど、この著者がトランスジェンダーの人、というところだけがなんだかささくれ立って記憶の底に沈むのを留めていた。それが決定的に興味の対象となったのは、角田光代が好きな作家の一人として名を挙げていることを知ってからだが、それにしてはやっと今さら初めて手にとって読んでみているのだ。どちらの作品にも、やはりセクシャルマイノリティは主要な人物として登場する。特に「夏の約束」は主人公はゲイカップル(♂)で、その友人はトランスジェンダーの美容師(♂から♀)という設定。設定が設定だけに、重くなろうと思えばとことんへビィで内向的になっていただろうし、逆にもっとコミカルタッチでマンガ風味に描けただろうに、この短編小説は塩梅がちょうどよく、でも握った手ほどのプラスアルファの温かさもあった。「主婦と交番」のほうが、より小説的な世界が構築されていて、こんな何も起こらない些細な日常を、交番を切り口に提示するとはなるほどな、とひざをぽんとたたきたくなるような小説だった。
夕方からは、保坂和志の『プレーンソング』の40ページほど読み始めたところで、さすがに新しいソファに座り続けるのにも体力が要することを肩や腰が訴えだし、しかも窓にカーテン代わりの新聞紙を貼り付けたことろでやはりこの部屋では寒気が頭から足元から襲うので、本を読むのは止めとする。
実はここ数日、正月以来の胃痛は治っていたものの、風邪の初期症状のような寒気がずっととれずにいる。ただ単に、冬の寒さにこの体が正直に「寒いからもっと防寒対策してくれよ」と叫んでいるだけかもしれないが。もうすっかり暗くなった外に出るためにやっと寝巻きから外出用の服に着替える時など、鳥肌がぞわぞわと立つ。それでも、冷蔵庫にまだたくさん残っている(ニンジン以外は手作りの)野菜を活用しつつ、体があったまる料理をしようと、鶏肉のスープを作ることとし、えいやと外の世界に、つまりはスーパーに出て、鶏肉と白ワインとキウィフルーツなどという、最近にはなくえらくリッチ気分な買い物をした。
鶏肉のスープは、白ワインと塩コショウとローリエだけのシンプルな味付けで、キャベツと水菜をたっぷりと入れて、意外と悪くはない出来栄えだった。21時からは、先週見逃していた「ちゅらさん4」をしっかりと観れた。「ちゅらさん」が朝の連ドラとして始まったのは2001年だから、このドラマの生命力はたいそうたくましく、その生命力によって何度泣き、何度ほんわかとした気分にさせられたことか。ビッグになってしまった山田孝之や小西真奈美が出演しなくなってしまったことが、今後の更なるシリーズ化への不安材料だな。そう考えると、放送当初からビッグだった菅野美穂はすばらしい女優だな、などと要らぬ関心も沸かせた。
風邪の初期症状のような寒気は、この野菜スープのおかげかはたまたちゅらさん効果か知らぬが、今はほとんどない。むしろ、新しいソファの上で新しいノートパソコンに長い文章を打ち続けることによる、肩こりのほうがひどい有り様。そうえいば、今日は普段は見ないような変な夢で目を覚ましたものだ。蜘蛛やらイルカやら、動物が出てくる夢には、何か意味がありそうな気がする。今日見た夢の内容を反芻する時間というか余裕があるなど、こんな日がたまにあってもよいが、らしくはない。僕、らしくはない。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007/01/18

忘却に抗えず

911


気がつけば久しぶりのブログ更新。
文章を書きたい気持ちはぞわぞわと盛り上っているこの頃なのだが、ブログという形態がしっくりこない気分でいた。

今日は1月17日。言わずもがな、阪神淡路大震災から12年目の日。
芥川賞の受賞者にコメントメールするAや、日に日にあの物置のような部屋をすばらしい事務所化していくKは、ちゃんと始発で朝5時46分の神戸三宮での式典に参加していたようだが、僕にはさすがにそこまでできない。
てれれが終わって、暗くなりかける頃にやっと東遊園地に着いた、それが実は、この12年間で初めて、そのような慰霊の場に来たのだから申し訳ない。

雨でぬかるんだ土の上、無数の竹筒の中にひとつひとつ浮かぶろうそく。そのひとつひとつに命があり、あの朝不意に消されたと想像すると、あの悲しさが思い出される。

さて、僕は12年前のあの当時、箕面の山奥にある大学寮に住んでいた大学1年生だったので、神戸さえまだ1度も行ったことがなく(ましてや尼崎なんてどこにある町かさえ知らず)、もちろんあの地震で揺り起こされたとはいえ、震災はテレビの中の途方もない絵空事のようでもあった。
幸いにして、同級生や知人で被害に遭った人もおらず、「ボランティア」に馳せ参じるだけの勇気というか勢いはなかった。大渋滞の171号線や、迫る後期試験にかこつけて、誰かのために何かをする恥ずかしさを帳消しにしていた。

なので、僕には本当は、身に沁みる「悲しさが思い出される」ことは、ない。
ただ、テレビや新聞の報道で知る「6434人」の犠牲者やその家族、あるいは、家や仕事をなくしたり未だにその傷が癒えない人々のことを想像し、自分のことではないのに自分のことであるかのように、悲しい思いをしているだけなのだ。

本当の悲しみ、痛み、喪失を、僕はまだ経験したことはないな、とふと気付かされる。

震災のことが忘れられているといわれる。あの日のことを忘れてはいけないと。
でも、どうしても忘れてしまう。日々生きていく中で、あの日の悲しみや喪失や、そこから涌き出る希望を体験していないものとして、どうしても忘れてしまう。
阪神大震災だけではない。
インド洋の津波の被害はつい最近の出来事だ。アフガニスタンを忘れないと約束したはずだった。もちろん、イラクのことも。新潟でも福岡でも地震があり、人が亡くなり、台風で人が亡くなり、殺人で、事故で、公害で。。。

だから、ごめんなさい。どうしても忘れながらでないと、僕らは生きていけないみたいです。
ごめんなさい、忘れているのではなく、心の基盤のことに、ちゃんと土を被せて水をやって、種をまいておくので、その芽が育つのを見守っていてください、と言い訳ではなく、生きる術として。

今日の朝刊の読者投稿欄に、こんな文章を紹介する投稿が載っていた。

私たちが生きている今日は
昨日死んでしまった人たちが
どうしても生きたかった
明日

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007/01/09

衝撃一気買い

ああなんという時間、もうAM3時半。

今日、というか日付的には昨日、人生で数度しかないような大々的な買い物をした。

ひとつは、自転車。
軽くてかっこよくてスピードが出そうな自転車はあまりに種類がたくさんあり、目移りするのに疲れた頃に目に付いたのが、ねずみ色でずんぐりしててスピーディではなさそうなやつ。
決め手は、後部車輪の上についていた荷台!ここに、大きめな荷物をゴムでくくり付けて町を走る姿が、段々と魅力的に思えてきたのだ。

9年間付き合ってきて自転車には、悲しいけれど今日でさよなら。
こんな日に限って、携帯を持ち忘れてしまい、最後に写真を撮れなかったのが心残りだ。

その新しい自転車に乗って、ヨドバシカメラでもなくビックカメラでもなく、ついにパソコンを買おうと決心したのはJR尼崎駅前のミドリ電化。本社が「尼崎市潮江1丁目」の、ばりばり尼崎企業だったんですね。
実は、自転車を買う前に値段チェックをしていたら、日曜日に見ていたヨドバシやビックカメラよりも安かったのだ。
とはいえ、実際に「買う!」と決心するまでには、お店の外で10分ほど唸り続け、「本当に買うのか?今買うのか?dynabookでいいのか?」と問答しておりました。

はぁ、そして本日、約4万5千円+約11万=15万5千ほどの、超ビッグなお買い物デイとなってしまった!
世の中には、買い物をすることでストレス発散する人もいるようだが、僕の場合は、しばらく自責の念にさいなまれてしまう。
でもたいして続かない念。だってもう、新しい自転車の荷台に新しいパソコン乗せて走らせて、それだけでウキウキ気分だったし、なによりも、こんな時間まで起きて手に入れたばかりのおもちゃみたいにずっといじってたんだから。
ちなみに、このブログは旧パソコンから更新。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/08

まだ軽く正月気分の日々

今年の正月は、5日の金曜日に一日平日をはさんでまた今日まで3連休だから、休みが長くてうれしい。

が、実はかなり体調(特に胃腸の調子)の悪い正月休みでもあった。
ノロウィルス5匹感染説が個人的には有力だったのだが。

4日の沖縄帰りT鍋は、自分の中ではこじんまりとした晩飯程度のものを想定していたのに、芋づる式にどんどん人が増え、僕がヘルパーに入っていたHさん&Mちゃんも結局呼び入れてしまい、たいそうな新年会になった。
家でやる鍋は気がねせずにわいわい好き勝手に騒げて安くあがるから、準備や気遣いや片付けの大変さも含めて、なんだかんだ言ってとても楽しい。

ただ、大方の人が帰り、酒飲み数人だけがリビングに残って酒盛りをしている間に、みるみる体調が悪くなる。
部屋に戻りふとんに入るころには、本格的な風邪症状にみまわれる。
頭が痛く吐き気がし、治まりつつあった胃痛と下痢が戻って来て、「やってしまった」と後の祭の大後悔。

でも不思議なことに。
翌朝は、ここ数日の体調不良が嘘だったかのようにすっかり元気になっていた。
胃腸不良も肩のこわばりも消え、なんだか風邪引いてよかったとさえケロっと思える。

土曜日、三線仲間の新春お泊まり会@奈良の前に、梅田のヨドバシカメラでパソコン探りに没頭する。
98年に購入した古いパソコンが、いよいよ寿命が近そうだからだ。
ディスプレイも、たまにまっピンクに変色してしまい、昔のテレビよろしく思いっきり叩きつけるとやっと戻る有り様。
さらに難波のビックカメラまで歩いていき、ますます本格的に購入意欲が湧いてくる。

運の悪いことに、同じく98年に購入したマウンテンバイクも、「修理するより買い換えた方が安くつきますよ」といわれ、さすがに別れを決心する時期がきた。
自転車については、安物で妥協したくない意地みたいなのもあり、パソコンと自転車で15~6万は飛ぶのか、と思うと、「もっと仕事をばんばん入れないとな」なんて貨幣経済にやっぱりやられてしまう。

奈良では相変わらずまったりまったりと過ごさせていただく。
新春早々おめでたい知らせも聞いた。おふたりさん、おめでとう!

翌日の夜は、去年におめでたい命を授かったST家にお邪魔し、それはそれは小さな赤ちゃんと初対面。ずーっと見ていても飽きない。赤ちゃんって、存在それだけですごいなぁ。
すっかりパパママの顔になっていて、幸せそうだった。おめでとう!

今日は祝日、さて、自転車ショップに行って新車を買いましょうか。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/04

三が日

去年、街角や甲子園球場で遭遇することの多かった、近所の沖縄料理店がちまや~のママに大晦日にもばったり出くわした縁で、2007年のカウントダウンは、そのがちまや~で過ごした。

元旦は、てれれボスTとその家の住人メンバーHさん&Mちゃん、それとボランティアTさんと一緒に、宝塚の中山寺に初詣に。
中山寺は3年前と一昨年に、初日の出を見に行ったポイントなので、すっかり「元旦に行く場所」のイメージが定着している。

2日は、雨模様の天気。もし晴天だったら、六甲山に登ろうと思っていたのだが、残念。
というのも、六甲ケーブル駅のすぐ近くに住むAの実家に、夕方からお邪魔させてもらったのだ。
噂には兼ねがね聞いていたが、こんなに山奥だったとは!。。。いや実は、高校時代に少しだけ住んでいた横浜の団地と、陸の孤島感はよく似ていたんだけど。
Aの両親は、この親にしてこの子あり、という面白い(interesting と funny)お二人で、おせち料理と鍋を囲んで大変楽しい時間を過ごさせていただきました。

3日、生まれて初めて、競馬場に行き馬券を買った。
午前中に読んでいた井坂幸太郎の「魔王」の中に、競馬場のシーンがあり、それに大いにインスパイアされたのだった。

Keibajo

実は競馬場に入ったのは生まれて初めてではなく、去年、母親が住む込んでいる金沢競馬場には、冬季閉鎖中だったためひっそりとした空気の中、足を踏み入れたことがある。
園田競馬場は、赤字運営で存続が危ぶまれているという話もなんのその、正月休みということで、度肝を抜かれるとほどの大勢の人達でごった返していた。
煙草の煙で靄がかった青暗い場内売り場、プレハブ小屋の屋台から漂う雑多な煮込み料理の臭い、黒いジャンパーを着込んだ男達の世界。。。まるで、アジアのどこかの国のバスターミナルにいるような錯覚に襲われる。

そして、馬の走る姿の美しいこと。
1レースだけ単賞レースに100円賭けて負け、あとは、この摩訶不思議な空間に酔うように歩き回り、レースが始まれば馬の疾走に目を奪われ、この馬達とともに生きている母親みたいな人々のことを想像した。
地方競馬に、少しだけ愛着を感じた。

夜は、十三の第七藝術劇場に『六ヶ所村ラプソディー』を7人で鑑賞しに行った。
青森の下北半島の付け根にある六ヶ所村。
そこに住む人はみな、核の再処理工場と無関係には生きられない。家族を養い、生きるための仕事として、工場の中で働く。あるいは、今はほんの数人だが、工場が稼動したら放射能物質が舞い降るだろう土地で、野菜や花を作りながら、反対活動をする。

どちらが正しいとか、もちろんそんな単純な話ではなく、遠い遠い、言葉や文化さえ違うような津軽国の六ヶ所村だけの話ではなく、日本人ひとりひとりが生活の中で選択をしなければいけない現実だった。

「原発には、中立の立場はない。中立は、賛成してることと同じこと。」という言葉が印象的だった。
井坂幸太郎の「魔王」は、ファシズムが進む日本社会が舞台の小説で、底は繋がっているよう。
この小説の中で、面白い話が出てくる。

紙を25回折ったら、どのくらいの高さになると思う?30cm?5m?
いや、富士山と同じくらいの高さ。

たかだか厚さ0.1ミリの紙でさえ、ほんの25回重ねたら、富士山の高さまで達してしまう。
0.1ミリでさえの力、なら、一人の人間の力は、なおさら。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »