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2010年2月

2010/02/22

映画版パレード

ブログを読み返してみると、どうやら少なくとも2003年と2006年に読んだ小説、『パレード』。
東京のマンションでルームシェアをする5人の若者が主人公の吉田修一による小説だ。
2003年といえば、僕がまさにルームシェア生活を始めた年であり、年齢は27歳。この物語に出てくる「若者」と同世代だ。
微妙な距離感とバランスを保ちながらしずしずと続くルームシェア生活に共感させつつ、ものすごい角度から目を醒ますどころか目眩がするほどの衝撃で人間関係の溝の深さをさっと描き出した吉田修一を、この作品で一気に好きになる。というか、信頼している。
冷え冷えとした心底恐ろしい物語なのに、それでもなぜか、人と人の間に生まれるぬくもりが文章から漏れる。
だからたまに手に取りたくなる小説なのだろう。

と、Twitterでは書ききれない長い前ぶりだったが、とにかく大好きな小説が今年映画化されると聞いたのは去年の秋。待ちに待ちに待ってついに、同じくルームシェア生活をしていて同じく吉田修一ファンのA(30)と鼻息荒く映画館に。

~~~~~~~~~

映画を観た感想はいろいろあった。
もし原作を知らずに映画を観ていたら、ラストへ向かうあの一連のシーンを、どう解釈したのだろう。結末を知っているが故、衝撃度という意味では何割減だったかもしれない。最後の最後のショットの印象も、小説と映画では肌触りがだいぶ違っていた。意図的にああいうラストのしたんだろうが、僕はやはり、小説のほうが好きだった。

映画そのもの感想と同等に、もしかしたらそれ以上に感慨深かったは、「パレード」の彼らはみな若い。子どもにさえ見えた。
小説を初めて手にして7年。僕もAも30代に入り、7歳年を取った。ルームシェアも解消した。
もう僕ら、パレードに参加する側ではなく、パレードを道路わきで鑑賞する側に立っているのだろうか?

いやそんなこともない気がする。いつまでたってもきっと40歳を超えても、生きてる限り大きな不安とちっぽけな希望を抱きつつ、行進を続けているんだろう。笑顔を貼り付けたり、どうしようもなく泣きたくなったりしながらも。
でもなんだか、歩き方は少しずつ大人らしくなってるんだろう。それがいいのか悪いのか、わからない。
答えはこの『パレード』のなかにも他の小説の中にもないんだけど、ヒントがたくさん転がっていて、だから信頼できる小説はたくさん読んでいきたいものだ。

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2010/02/19

男子フィギュアを観るために。。。

今日は男子フィギュアのフリープログラム。日本時間では昼間にあたる。
夜19時からの編集番組でさもライブ中継であるかのうような緊張と興奮を味わうべく、その時まですべての情報をシャットアウトする努力を払った。

職場のラジオが最初で最大の難敵。フィギュアの結果を一言も聞かないために、注意深く聞き流す、この微妙なさじ加減はかなり神経を減らした(仕事でも神経すり減らしてるのに)。ニュースならまだ前ぶりがあるからいいが、DJが話の途中でいつ「それにしてもさきほどの高橋の4回転には感動・・・」とか言いかねない。一瞬「ライサチェック」という単語を拾ってしまい、いらぬ想像かきたてられるも16時半までやり抜けた。

仕事が終わって家に帰ってもテレビはつけれないので、本屋とスタバで時間を潰す。もちろん、隣りの人が「高橋XXメダル取ったね」なんて会話が勝手に耳に入らないようにそーーーっと聞き耳を立てる、難しいあんばい。

19時帰宅、夕刊の一面が目に入らないようバッグに押し込み、19時5分、テレビをつける。編集番組なので、番組の冒頭で中居君が叫ぶであろう「高橋、感動をありがとう!」なんて今は聞きたくないコメントを聞くのを避けるため。

という長い長い努力の末、やっと男子フィギュアフリーを、それはそれはドキドキと緊張しながらも楽しくい観戦したのでした。。。ある瞬間までは途中まではcrying
オリンピック期間中によく放映される、某ビール会社のCM。ドリカムのBGM。上村愛子、皆川賢太郎の顔アップ。3人目の高橋大輔。その顔の下、「銅メダル おめでとう」の文字。。。脱力。。。7時間の努力が。。。。。

まあそんなことはさておき。各選手のパフォーマンスは見所満載でとても感動した。
高橋大輔の4回転ジャンプの失敗は残念だったけど、演技は他のだれよりもすばらしかった。素人目にも。最後のステップ、彼が生きてきた「道」の映像が体全体からオーラように見えて、まだ終わってもないのにウルウルしてしまった。
試合後、「成功しようが失敗しようが、4回転に挑まなければ意味がない」という感じのコメントをしていた。無難に3回転半を決めていい点数を稼ぐことが勝利ではない、自分の信念を、たとえ失敗しても突き通すこと。かっこよかったな。

オリンピック、冷めて観ないとと思いながらも、やはり面白いものだ。
一番大事な大舞台でまさか靴紐が切れる。4回転を飛びながら銀メダルになる。4回転を飛ばなくても金メダルになる。長野からバンクーバーまで、一段一段としか近づけない、願っても努力しても取れないメダル。大人の価値観に歯向かいたい若造と、歯向かう若造に大人の価値観を押し付けようとする世間。
なんだかいろいろと考えさせられ、乗せられつつもやはり美しい姿には勝っても負けても感動。そして来週は女子フィギュア!

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2010/02/04

忘れる

Twitterにこんなことつぶやいたのだが

「タイタニックの主演女優」と「ミリオンダラーベイビーの主演女優」がどうしても、どうしても思い出せず、ググろうとする日に限ってネットがうまく繋がらず。死ぬかと思った。ちなみに「ケイト・ウィンスレット」と「ヒラリー・スワンク」と無事判明。記憶神経が接触不良してるみたい。

文字制限のせいで息がつまるような感覚。まあ、つぶやきにしては長すぎではあるが。

最近、ぱっとものが思い出せなかったり携帯を家に置き忘れたりと、記憶力があやしいなあ。

その一方で、車のラジオからモンパチの「あなたに」が流れた途端、その歌をよく聞いていた時期の感覚やら感慨やら風景やら人の顔がフラッシュバックされて、むしょうに苦しくなったりする。
今まで知っていた「苦しい」とは全然レベルの違う「苦しい」で、僕はいままで「苦しい」を知らずに生きてきたのか、とさえ思ってしまうほどなのだ。

別に、あの頃に戻りたいとか、今の生活に耐えられない、ってことは全然ないのに。
でも、あの日々は永遠に戻ってこない、二度と同じ日は来ない、っていう至極当たり前過ぎて意識してない事実にふと首ねっこつかまれて、それは窒息するような苦しさだった。「あなたに」のメロディが流れている間。

大袈裟だよな~、って思う。世の中の「苦しい」は、これどころじゃないのに。僕は本当に親しい人と死別する「苦しい」さえ、まだ味わったことさえないというのに。

ということで、最近は呼吸に意識を集中することで、気が過去やら未来やらあっちやこっちにぶっ飛ばない練習をしているところです。
なかなかうまくいかないけど。
いい意味で、終わったことはスパスパ忘れて、この日この瞬間だけに生きたいものです。

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